by mio2
|
今日は大間からフェリーで函館に渡ります。大間崎バス停着(12:50)→本州最北端の石碑を見る→フェリーターミナルに移動(14:20出航)、のこの間約4キロの徒歩移動が本日最大の危険ポイントです。この便が最終便なので、逃すと惨めな気持ちになれること間違いなし。 さて、八戸以降の道程ですが、「キラキラみちのく下北号」という電車に乗ってお昼頃に下北入りしました。ただ、フェリーの最終便に間に合わないことが確定的で、その日の内に北海道に渡るのは無理というのがわかっていたので、夕べは恐山を見物して、そのまま山寺で1泊しました。 恐山は、箱根の大涌谷のみたいに、どこにいても硫黄の匂いのするようなところで、温泉もあります。泉質は調べてみないと確かなことは言えませんが、見た感じは十中八九、硫黄泉。白濁の度合いは鳴子温泉のそれを超えていて、「硫黄濃度が高いので10分以上の入湯は止して」や「目が悪くなるから湯を頭からかぶらないで」と注意を受けるほどでした。 そういえば、某戦国大名からご要望のあった「青森と下北の仲はどうなの?」という疑問、現地(下北半島)の方に突撃インタビューしてきました。要約すると、↓のような内容でした。 戊辰戦争の際、下北のあった南部藩は幕府軍に味方し、津軽藩は新政府に味方した。その後の廃藩置県で、南部藩は津軽藩に編入される形で青森県ができた。元は敵同士だったわけで、ここ2、30年の間は、選挙のときには「あいつはどっちの出だ?」とか「津軽の奴らばっかり選出されるから、こっち(下北)は発展しない」とか、色々と問題もあった、とのことでした。 この地には戊辰戦争で逃げてきた会津出身者が多いらしく、たまたま会津若松で入手した「I Love Aizu」というメッセージと巨大な赤べこがプリントされたご当地Tシャツを着ていて、本当ラッキーでした。お話を伺った現地(大畑っとこ)の方は、グラサンをかけた強面のおっさんでしたがすぐに打ち解けることができました。ただ、オバマTシャツとか下田Tシャツは、長らく着ていますが一度も役に立ったことが無いんだよな…。
by miotwo
| 2010-09-21 13:09
|
ファン申請 |
||